2008年02月06日
ナポリタン
ってイタリアにはないそうですよ。
ナポリタンは日本のトマトケチャップ味スパゲティ料理。西洋料理のパスタを日本人の好みに合うようにアレンジした洋食である。
スパゲッティにトマトケチャップをからめ炒めて作る。代表的な具材はタマネギ、ピーマン、これにハム、ウインナーソーセージ、ベーコン等の加工肉。タバスコと粉チーズが共に給仕される事が多く、好みによってこれをかける食べ方が定着している。語源になったとされるNeapolitanは英語でナポリ風を意味する。
戦後、横浜山下町にあるホテルニューグランドの総料理長であった入江茂忠が最初に日本におけるナポリタンを考え出した人物として記録が残っている。同ホテルは戦後まもなく連合国軍総司令部に接収され、マッカーサーが滞在していた部屋が現在でも残っている。このような当時の時代背景から、その頃まだ日本では一般人の食卓に上ることが珍しかったスパゲッティとケチャップを使った料理が進駐軍の好みに合わせて考え出されたと伝わっている。進駐軍で食べていたスパゲッティにトマトケチャップを和えた軍用食からヒントを得て、ケチャップだけでなくトマトピューレ、調味料や具材を加え本格的な料理に仕上げた「スパゲッティナポリタン」としてホテルのメニューに載せた。当時のレシピを見ると、このホテルニューグランドのスパゲッティナポリタンはその後大衆化したナポリタンとは違い、後述のナポリ風ソースに近い料理であったようだ。まだ日本人はアルデンテの食感に慣れていなかったために試食会では不評で、日本人の嗜好に合わせるために、7割方茹でたスパゲッティを冷蔵庫に一晩置いてうどんのような食感にした(未来創造堂より)。まだ当時は庶民の手に入り難かったトマトピューレはケチャップで代用され、高価であった肉の代わりに、余り肉を寄せ集め皮を赤く着色した安価なウインナーソーセージを入れた現在の料理に変化した。このナポリタンは日本中の喫茶店や大衆食堂の定番メニューとして定着していった。
昭和期にはパスタの乾麺をアルデンテに茹でるという概念も一般的でなく、あらかじめ茹置きした麺をフライパンで味付けながら炒め直しする。調理感覚としてはソース焼きそばや焼うどんに近しい。ケチャップでの味付けが非常に簡便であることから、学校給食や家庭、喫茶店、軽食堂で供されることが多かった。
バブル景気の頃のイタリア料理ブームが起こる前、日本におけるスパゲッティ料理と言えばミートソースとナポリタンが双璧をなしていた(よほどの食通でない限り、その二種類しか知らなかった)。お子様ランチや洋食の付け合わせにもケチャップ味のスパゲッティは定番である。今でも根強い人気はあるが、様々な本格的パスタが食べられるようになった今日ではレストランでナポリタンを見かける機会は減ってきている。このため、ある種の郷愁と共に語られることも多い。
関西地方ではナポリタンをイタリアンと呼ぶこともあるが、具材を若干変えナポリタンとイタリアンの両方をメニューに載せている店もあり、何がナポリタンかの定義はレストランによりまちまちである。名古屋にはイタリアンスパゲティと呼ばれる派生料理がある。
日本で最初にナポリタンを作ったと言われている横浜のホテルニューグランドのナポリタンのレシピは、現在日本でナポリタンとして知られるケチャップスパゲティよりも、フランスのスパゲッティ・アラ・ナポリターナに近い料理であった。
イタリアにはナポリタン(イタリア語ではアッラ・ナポレターナとなる)と呼ばれるパスタ料理は存在しない。トマトケチャップはアメリカの調味料でイタリアでは一般には料理で使用されない。またアメリカでもトマトケチャップを加熱調理する味付けはまれである。アメリカにはナポリタンの名が付いたソースがある(Neapolitan sauce)。これはトマト、玉ねぎ、にんにく、香辛料、パルメザンチーズなどから作られたソースで主にパスタに使用される。
ナポリタンの起源はフランスで一般的に食べられているイタリア風のトマトソースパスタ「スパゲッティ・アラ・ナポリターナ」であるとの説がある[1]。
イタリア料理でスパゲッティ・ナポリタンに比較的近い味のものに、スパゲッティ・アッラ・アマトリチャーナ(Spaghetti alla amatriciana)がある。パンチェッタ、タマネギのトマトソースにペコリーノ・ロマーノを好みでいれる、ラツィオ州(ナポリのあるカンパニア州ではなくローマ近郊)の料理となる。
アメリカで一般的に食べ物でナポリタンというとアイスクリームの一種を指す(Neapolitan ice cream)。
中国ではナポリタンというとミートソースが出ることがある。
(以上、ウィキペディアより引用)
つまりこれは和食です。。
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- at 10:03